それはいつか通った道3

XO: それはいつか通った道2

ソフトウェアに対して,「この値段で」って言って値段を付けているのは,売る側の都合である,というわけで。

とは言うものの,それってパッケージソフトの話でしょ,っていう指摘も当然ある。

1本売ろうが100本売ろうが,っていうけど,受託ソフトウェアの場合って100本売るってわけにもいかないでしょ?って。

売りゃあいいんじゃん,というのがワタシの主張。どうすか。

売れるようにすりゃあいいんじゃん。受託先に,売ってもいいですか?売っていいって話なら安くできますよ?って聞けば(もちろん,契約書にもちゃんと書いてね)。

100%まるごと売れるなら苦労しない,って言うかも知んない。でもなにも100%使わんでもいいじゃん。

ある程度の汎用性を持たせないと後で使おうにも使えない,このプロジェクトでやるには荷が重い,って話もある。そりゃそうだけど,それは投資して,他のプロジェクトと併せて回収したら済む話。

つまり,受託ソフトウェアだからと言って,投資してパッケージのように売っちゃうことだって不可能じゃないはずで。

そんでもって,契約側の話のほかに,コードを何とかして再利用するようにしなければなんない。

実際のところ,受託ソフトウェアのコードのほとんどが,会社の中の誰かが1回は書いたことのあるコードなんじゃないかと。ワタシもCSV出力とか何回書いたか分かんない。また,実際,自分で書いたのじゃなくて人が書いたのをデバッグするという無駄な時間も少なからず過ごしているわけで。

どこか忘れちゃったけど,「出荷されていないコードは在庫である」というような話を読んだことがある。まったくもってその通り。

どうやって無駄な在庫を作らず,そんでもって1回書いたコードをたくさん売るかということを考えていきたい,と。

まぁコードの再利用なんて,いまさら感があるわけだけど,やっぱり継続的に考えないと。

なんか話が大きく脱線してるけど,元の筋に戻せるのか?
続く(予定)