それはいつか通った道2

間があいてしまったけど,続き。
トラックバックもいただいておきながら,ほんと済みません。

で,進む前に,まず,

質や量が見通しにくいという意味では,コンピュータソフトウェア以外のソフトウェア,つまり音楽や文章,映画なんかもあるわけだけど,ほとんどの場合,請負ではなく,売れた数量見合いで作者にお金が入るようになっているわけで(実はコンピュータソフトウェアと音楽・文章・映画との違いってのは他にもあるんだけど後述)。

ってあたりを,考えてみる。

そもそもソフトウェアというものは,値段を「どうとでもつけられる」ものだ,と言っておきたい。

製品のコストというのは,1個売るために必ずかかる材料費や直接人件費+1個売ろうが100個売ろうが一定である広告費や間接部門費でできている。
後者については,売れれば売れるだけ,1個あたりへの転嫁額が少なくて済む。

で,ソフトウェアというのは一般的に言って,その製品全体の価値に比して,前者の費用が極端に少ない。というか少なくできる。

Excelなんかはおそらく3,000円とかにして売っても利益が出るはず。

以前,本屋でなんかの本をパラパラっとめくってたら「一太郎を100万円で売るか10万円で売るかもめた,という話を聞いたが,自動車だったらそんなことはあり得ない。この点を見ても,ソフトウェア業界は未熟であると言える」などという文章を見たことがあるが,これはとんでもない話(もちろん速攻で棚に戻した)。

一太郎を販売する場合,そのコストのほとんどは開発費なわけで,それは1本売ろうが1億本売ろうが変わらない。したがって,開発に1億円かかったのなら,1億円で1本売るか,1円で1億本売るか(もちろんその中間で1万円で1万本売るとか),とにかく1億円を回収し,かつできればなるべく価格×売れる数が大きくなるように価格を決めればいい。
(どこかで聞いたような話だ,と思ったら,有料道路の通行料も同じと言えば同じ)

ただ,こういう値段付けをしているソフトウェアというのは,実際にはコンピュータソフトウェア以外にはほとんどない,というのも事実。

本も音楽も,どういうわけかページ数やCDの枚数で値段が決まっていて,いくらかかったからこれだけの値段,とか何枚売れそうだからこの値段とか,そういうふうにはなってない(これ,実際のところ,管理が大変だからとか,いちいち決めてられへんとか,そういう変な理由でこうなってるんちゃうかと推測)。

ともかく,ここで言いたかったのは「ソフトウェアはどんな値段でもつけられる」という話で,つまり。

ソフトウェアに対して,「この値段で」って言って値段を付けているのは,売る側の都合である,というわけで。