それはいつか通った道

「作業量ではなく、機能で買う」、KDDIがシステム調達で新方針 : IT Pro ニュース

?システム価格を技術者の工数と単価で計算する方法では、何が問題か。

いまの方法はIT業界で長年続いてきたが、ユーザーにとっては納得性、透明性の低いものだった。よく言われているように、システム・エンジニア(SE)1人当たり月額いくらといった人月単価の設定は、個人のスキルや役割が異なるなかで、妥当かどうかの判断が難しい。

よいSEにはよい報酬を,“人月いくら”はもうやめよう : IT Pro 記者の眼

技術者の頭数ではなく,成果物について対価を払っていただける商慣習に変えていくよう,広く呼びかけたい

ってことで,「いや,言ってることは分かるけど」な話。

なぜ,ソフトウェア開発は人月いくらになっちゃうのか。ここを考えてもらわないと,この問題は永久に解決しない。

で,なぜって言えば「請け負う側の人件費が時給で払われてるから」なんだよね。

というか。

より一般的に言えば,「非定型業務は単位時間あたりの作業量およびその質が見通せないにも関わらず,給与は時給で支払われる」という状況自体,すでに問題。
そういう意味ではITとか関係なくて,他の業種でも営業職・技術職・企画職とかって,本来は時給という考え方と非常に相性が悪い。
もちろん色んな企業で「成果主義」とか「裁量労働制」とか「年俸制」とか,様々な試みをやってるってわけで。

ただ,それっていうのはどちらかというと評価の問題,つまり社内的な問題として語られることが多く,対顧客の問題として語られることって少ない。

なんで,それでほとんどの業種では問題にならず,IT系ばかり問題になるかと言えば,「ソフトウェアは原価の大半が人件費だから」。

1.原価の大半が人件費で,2.作業量・質が見通せないうえ,3.人件費が時給ベース,というような業種って,他に思い当たらないぐらい,ソフトウェア開発というのは特異な業種,と言える。

例えば,人件費が大半で,時給ベース,ってぐらいなら床屋とかもあるわけだけど,まあ作業量や質ってのは見通せる。質や量が見通しにくいという意味では,コンピュータソフトウェア以外のソフトウェア,つまり音楽や文章,映画なんかもあるわけだけど,ほとんどの場合,請負ではなく,売れた数量見合いで作者にお金が入るようになっているわけで(実はコンピュータソフトウェアと音楽・文章・映画との違いってのは他にもあるんだけど後述)。

ともかく,請負側が時給で人件費を払う限り,「工数がかかるからこれだけ必要です」という見積の仕方はなくならない,というか,なくせない。だって実際,そんだけ原価がかかっちゃうんだもの。

なくすとしたら,作業者への支払も「機能」「品質」などの成果物で決めなくちゃ,どうしてもソロバンがあわない。

でも一方で,それをやるんだったら,何のための給与所得者なの?個人事業主でいいじゃん,という話になっちゃう。
そうして話は元に戻る。というか次のステージへ。

続く(予定)。